東京高等裁判所 昭和40年(う)254号 判決
被告人 平畠純夫
〔抄 録〕
所論は、原判示第一について事実誤認を主張し、被告人が原判示の小刀を原審相被告人姜に示したことはなく、同人が被告人の小刀の所持を知つていて、若岡と被告人とが喧嘩となつたとき右小刀を被告人が使用することをおそれ、その懐中に手を入れてこれをとつたものであり、もとより被告人と姜とが被害者若岡を傷害する意思を通ずるなどということはあり得ないというものである。
よつて記録を検討すると、所論の通り被告人は原審公判で「着ていた和服の懐に刃物を入れておいたがそれを取出して相被告人の姜に示したことはなく、それがいつ取られたかは知らない」と述べ、又原審相被告人姜も、公判で、「若岡から殴られた瞬間、被告人の襟元が乱れていて、その懐に刃物らしいものが見えたので、とつさにその中に手をつつこんでそれを取り、若岡を刺した」と述べているが、被告人及び姜の検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員に対する昭和三九年三月二日付供述調書及び姜の裁判官に対する勾留質問調書等によれば、被告人は姜が若岡から殴られたのを見て、懐にしていた小刀の鞘を抜いて右手に刀身を持つた、そのとき姜がそれを取つて若岡を刺したというのであつて、これに、被告人が原審公判で述べているように本件小刀は被告人が着物の下の長じゆばんの上に鞘を下の方にしておいたもので、長じゆばんと着物の上からそれぞれ紐で締め、さらに着物の帯をしていたこと、高原節子の原審証言によつて認められるキヤバレー「ニユー東京」のホステスである同女が若岡に対する本件傷害が行われた直後被告人の着物の下に短刀の鞘を見たことなどを合わせて考えると、所論のように被告人の知らぬ間に姜が勝手に被告人の懐中に手をつつこんで本件小刀の刀身だけを取出したというようなことは通常信じ難いことであり、むしろ他に信ずべき反対の確証がない以上姜が若岡と喧嘩となり同人から殴られた際被告人がその意思により懐中にしていた本件小刀を鞘から抜き出して姜に交付し、姜がそれを取つて若岡を刺したと認むべきである。そして、以上の事実と姜と若岡が喧嘩になる前まず被告人と若岡が言い争いをし(記録上明らかである)、被告人は若岡に対しくやしそうな顔をして相当興奮しており、若岡が刺されたとき同席していた被告人の兄が被告人に「えらいことをやつてくれた」と言つた(前記高原の証言によつて認められる)ことなどから見て、当時仮に被告人が若岡を刺したとしても不思議に思われないほどの周囲の状況であつたし又被告人としても若岡を刺す十分な動機を持つていたとみられる事実その他原判決挙示の証拠によりうかがわれる諸般の状況事実を総合すれば、原判示のように被告人と姜が激昂の極、とつさに若岡を刺すことの意を通じ、換言すれば両名のいわゆる暗黙の共謀に基づき姜が実行担当者として被告人から交付された小刀をもつて若岡を傷害したものと認めるのが相当である。その他記録を調査しても、原判示第一について事実誤認のかどを見出し難いから、論旨は理由がない。
(足立 栗本 浅野)